ロシア革命、ロシア内戦を経て1922年に成立したソヴィエト社会主義共和国連邦(ソ連邦)の存在は、それまで資本主義列強によって形成されてきた世界資本主義に対し背を向けるものであり、なかでもヨシフ・スターリンによる一国社会主義路線の確立は、アンチ資本主義を国是とする政権の誕生を意味していた。
しかし、ソ連は第二次産業革命という経済上の機軸から決して大きく逸脱したものではなかった。
市場経済ではなく国家による計画経済であり、また、軍需産業重視のため豊かなアメリカ的生活スタイルともかけ離れており、さらには、政治的民主主義も無きに等しかったが、先進資本主義諸国と軍事的に競争できる産業化、あるいは国民を広汎に動員できる大衆性などの点においては確かに20世紀の特質をそなえていたのである。
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したがって、ソ連の存在は欧米諸国や日本とは異なった行き方で第二次産業革命を達成したものととらえることが可能であり、その点で第二次世界大戦後に独立を果たしたアジア・アフリカ諸国にとっては一種の近代化のモデルとしてアピールしたのであった。
明治維新以降の文明開化により、日本にとっての国家目標は欧米先進国の文物や制度を導入し、独立を保ちながらも条約改正の努力をおこない、国際的地位の上昇をはかりつつ不平等条約を改正していくことを目指した。
開国直後の江戸時代末期に幕府や雄藩が近代化の取り組みを始め、明治政府の主導により「上からの近代化」が推し進められた。官営工場を建設し、江戸時代から継続する三井・三菱・住友などの商業資本を土台にしつつ、日清戦争期に軽工業を、日露戦争期に重化学工業を発達させた。
非ヨーロッパ国として憲法を制定し、日露戦争に勝利したことで、列強の一つ(五大国)と呼ばれるようになった。しかし、原料の補給と商品の販売は植民地に依存せざるを得ず、第二次世界大戦終結までアジアへの進出が行なわれた。